昔の失言を今になって謝って気が付いたこと

今日もブログにお越しくださって本当にありがとうございます。

こんばんは。
最近あることを指折り数えて待っているので、日が経つのがゆっくり感じられるというか、待ち遠しい感じがしている万葉です。しかし暦を見れば、もう7月も下旬。ちょっと複雑な思いもしています・・・。

先週の土曜日の話です。
以前このブログでも紹介させていただいたCi Ci Beauty Spaのひとみさんの所へ行ってきました。基本のフェイシャルをお願いしたのですが、肩も念入りにマッサージしていただき、いつになく強烈な肩こりを抱えていた私はもう骨抜きなるほど良い気分にさせていただきました。ひとみさんの勉強されているアロマを取り入れてくださったり、霊気も入っているので、本当に深くリラックスさせていただきました。彼女はまだお若いのに、人間の度量の大きさを感じる方で、技術だけではなく、彼女の人柄にスッカリ癒されてしまう、という方です。とても素敵な方でしかもかなりの美人さんです。

そのひとみさんにセッションの終わりに私の肌質を褒めていただきました。素直に嬉しい、と感じたのですが、その嬉しさと共に子どもの頃の記憶がよみがえりました。深くリラックスしていたからでしょうか・・・。

子どもの頃、私は色が白いということでクラスメートの男の子に度々からかわれていました。こども心にそれは好ましくないことでした。
中学に上がっても、それは続いて・・・。当時、ヤンキーと呼ばれるちょっと悪な人々はオキシフルという消毒薬で髪の毛を脱色していました。色を抜いて茶髪にするわけです。そういう背景があって、あるとき、とある男子に「お前がそんなに色が白いのは毎日オキシフルで顔を洗っているんだろ?」といわれたんです。その男子にしたら、いかした冗談を言っているつもりだったのでしょうが、私は酷く嫌な思いをしました。

その日家に帰って、色白が理由でからかわれることに飽き飽きした私は母に「なんでこんな色白に産んだのよ!」と喰ってかかったことがあります。こういって文句を言ったことは多分一度ではなかったと思うのですが・・・。

成長してからはからかわれることはなくなりました。代わりに褒めてもらうことが多くなりました。でも、私は母に文句を散々たれていたくせに、褒められても、それが母がそう産んでくれたからだ、とありがとう、とは言ったことがなかったことを思い出しました。

ひとみさんに会った晩に母に電話をして、肌質が良いと褒められた、そのように産んでくれてありがとう、と言うと母は自分にそのクレジットを与えることはしませんでした(日本語では何と言うのでしょうか・・・手柄を取るかな?)。

まず思春期の女の子が外見を気にするのは当たり前で、それをそんな風にからかった男の子達が心なかった、から始まり・・・。私の失言に対しては、笑い飛ばしていましたよ。
そして、母がそう産んだからというより、父からも、父方、母方の双・祖父母から受け取った遺伝子だから、というような話をしてくれました。

母とのやり取りで気が付いたことがありました。普段、自分の特技だとか、長所だと思っているようなことはあたかも自分が獲得したかのような錯覚に陥っていたのではないかな、と。本当は先祖から受け継いだ特徴だったのではなかったでしょうか。そう思ったら、ご先祖さま達への多大なる感謝の念が沸き起こってきました。どこが始まりで、自分までそのリレーのバトンが回ってきたのか分かりません。でも、今ある自分は決して自分だけの努力なんかで出来ているわけではない、という当たり前のことなんですけれども、それを強く感じました。そうして、いろんな人から受け継いだもので出来ているこの身体はなんとありがたい財産だろうか、と。そう思うと、この身体は自分ひとりのものではないし、もっと大切に扱おうと、そう思いました。自分の身体というのはともすると、一番ないがしろにしやすいのでね、気をつけないと。




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by sakurasikibu | 2010-07-21 21:31 | つれづれ