嬉しい瞬間 2

先日アップした「嬉しい瞬間」に登場した女性は病状が快復してきたころ、自分のことをジェニファー・ロペスだと思い込んでいたことは妄想だったと気が付き、それを自ら皮肉って自分のことをJ-Loならず、K-Lo(彼女のイニシャルをもじった)と呼んでいた。

そのK-Loが約束どおり翌日病棟に現れた。スタッフの皆は一瞬呆然としていた。だって彼女は奇跡を見るほどに快復していたからだ。現在はアメリカで数ある健康保険並びに社会福祉の種類について病院を利用する患者さんたちにその説明をする仕事をしているそうだ。本当に眩しいくらいに彼女は溌剌としていて、スタッフは大喜び。

そして彼女が去ると合間を置かずに次なる生きた奇跡が病棟にやってきた。彼は50台半ばの男性。若い頃は写真家として活躍していた人。彼もK-Loと同じ頃に病棟に入院していた。彼は私がこれまで9年間臨床経験を持つ中で、最も重度な統合失調症を患っていた。向神経薬にアレルギーを持つ彼だがそれを無視した治療を何度も以前に受け、うちの病棟に来たときは心身ともにぼろぼろの状態だった。ほぼ24時間幻覚症状を持ち、何日も全く寝ずにいたし、食事を自分で取ることができない状態だった。看護助士たちがつきっきりで面倒を見ていた。
使える薬に大きな制限があり、彼の治療は困難を極めた。あらゆる方法を試しても改善がほとんどみられない。そんな日が3ヶ月ほど続く。それでも時折見せる正気の時間があった。そんなとき彼は自分の写真家時代の話をしてくれた。彼は美しい青い目をもつが、心もとても美しくて愛らしい人だ。本当にこんなに手の掛る人はまずいないが、でもみんなにとても愛されていた。私も彼が大好きだった。ユーモアのセンスも良い彼だった。日本語名の私の名前を覚えられない彼は私を”Ms.Christmas"と呼んでくれていた。

投薬治療に限界を見た精神科医は彼にECTという電気ショック治療をすることに踏み切った。
映画などではおどろおどろしく映るこの治療だが、実際は全く違う。慎重に鎮静剤を事前に処方し、実際に電気が流れても足の指がほんの少しピクピクと動くだけ。”Beautiful Mind"や「カッコーの巣の上で」のような激しいものではない(私は彼の施術の際に立ち会いました)。この治療も簡単には効果を見せなかったが、10回予定のうち、5回目ほどになると目に見えて効果が出てきた。それからは彼は幻覚を起こしている時間も激減し、体重も目に見えて増えていった。それでも、快復の一路を辿ったわけでなく、後退を見せたり、病状の安定は図られず、州立病院へと転院していった彼。州立病院から時々病棟に電話を掛けてきて、近況報告をしてくれていた。そしてつい2ヶ月ほど前に退院したと伝え聞いていた。

その彼がやってきた。全くの正気で。体重はかつての3倍ほどあるのではないだろうか。たっぷりとしたお腹をしていた。血色も良く、始終にこやかで。彼女もできたと言う。昔自分が撮った写真も持ってきてくれ見せてくれた。
そしてお財布に入れているぼろぼろになった紙を見せてくれた。「Robert(仮名)の友達」と書いてあるその紙には病棟のスタッフの名前が連ねてあり、病棟の電話番号も書いてある。いつでも掛けておいで、と。退院前にスタッフの一人が彼に書いて手渡したようだ。それを心の支えにして今まで来た、と彼は言う。スタッフはそれを聞いて泣いた。私も泣けた。

治療を続けていると厳しい日もある。でもこんな風にかつての患者さんが順調に行っている姿を見せてくれる日はまるでご褒美をもらったかのようにとても嬉しい。この仕事をしていて良かった、と思う瞬間だ。

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by sakurasikibu | 2009-02-01 10:18 | 仕事場で感じたこと