偉大なる師

精神世界の師やグルと呼ばれている人を求めて高額な料金を支払ってセミナーに参加したり、インドの秘境まで出向くことをしなくても、偏見の少ない目で周囲を見渡せば、きっと私達の身近に師は存在するのだろう。

もしかしたらその師は悪漢のような存在で反面教師として現れるかもしれないし、本人には師であるという自覚の全くない無邪気な存在として現れるかもしれない。



昨日(2/5)、およそ7ヶ月の長期に渡って入院していた50代半ばのイタリア人女性が退院した。彼女はもともと精神病を患っていたわけでなく、Social Admission(社会的入院?そんな言葉は日本語にあるのだろうか?)と呼ばれる扱いで我が病棟にやってきた。彼女の面倒をずっと見てきた養母が高齢の為、老人ホームへ行き、残された義兄(彼も養子)とでは自分達の面倒が見れず、半分飢餓状態でうちの病棟にたどり着いた。二人とも軽度の知的障害(この言葉は現在は差別用語なのでしょうか?分かりません)を持つ。NYは知的障害者用の施設は利用希望者に対して圧倒的に不足している。折りしも世間は空前の不景気。そのあおりをうけ、どこも新規利用者が入居するには厳しい現状となっている。彼女(以下CP)の義兄はCPより若干知的能力が高く、つい一月ほど前に行き先が見つかった。

CPは幼い頃イタリアから移住してきた。彼女はイタリア語、しかもシチリア訛りしか話さない。イタリア語の通訳をつけても用を成さないことがほとんどだ。彼女は実の家族からありとあらゆる虐待を受けてきた人だ。学校の特殊学級へも上げてもらえず自分の名前を綴ることができないどころか、アルファベットの識別も出来ない。その虐待ぶりを見かねた彼女の近所の婦人がCPが30歳を過ぎてから養女として引き取った。

でもあらゆる虐待を受けてきた人とは微塵も感じさせないほど、ひねくれたところがどこにもない。底抜けに明るい。私が集団治療をするときは必ず参加して言葉が分かろうが分かるまいが見よう見まねでとにかく自分のベストを尽くす。「私にはこんなことできないわ」といういじけた発想はゼロ。とても健康的なSelf-esteem(自尊心)を持っている人だ。うまくやってみせよう、とか、カッコよくみせたい、という欲がない。「今、ここ」を純粋に楽しもうという、その姿勢だけ。そして自立心も強くて自分の力でとにかくやってのけようとする。必要以上に甘えて頼ってくることがない。

そして人にもとても優しい。病状の良くない患者さんは見て分かるらしく、彼女の出来る範囲でいつも気を配り助けてあげようとする。7ヶ月の間に本当に沢山の友達を作った人だ。英語は話さないがこちらの言うことは大概理解するようになったし、自分の伝えたいことはこちらが理解するまで根気良く訴える。お陰で挨拶以外のイタリア語は出来ない私でも伊英混合で通じ合う仲となった。心が通じ合うと言葉は重要でなくなってくる、という経験をさせてもらう。

彼女は感情をストレートに表現する。喜びはもちろん怒りも悲しみも派手に表すところはイタリアの血か、と思う。食べること、歌うこと、踊ることも大好きだ。

彼女を見ていると余りの純粋さ、Genuineさ(偽りのなさ)に涙がこみあげてくることが何度かあった。彼女の明るさはまるで伝染病の様に周囲を明るくする。シチリア訛りが出来る通訳によると彼女は受けた虐待のことは覚えている。でもそれに捕らわれることなく、行く先のない未来を案じることもなく、ただ今この瞬間を精一杯真剣に生きている。私がこう言うと「CPにはそれだけの知恵がないから」と冷めたことを言う人もいる。

私は彼女の魂が美しいままだからだと思う。
我々は成長と共に自我(エゴ)を発達させる。精神年齢が5歳児並の彼女はそれを成人なみに発達させなかったのだろう。発達した自我を持つゆえに「今、ここ」に集中できない我々。逆転の発想で、我々も「今、ここ」を思い切り満喫することで肥大化した自我を飼いならしてゆくことができるのだろう。

CPの新しい住まいは私も住みたいくらいに素敵だ。たった3人の施設利用者に対し20人のスタッフが付く篤い世話を受ける。個人部屋には最新のビジュアル・オーディオ機器が整い、美しいバスルーム、彼女好みに仕立てられたベッドリネン・装飾が整えられ、毎週行事が満載だ。週2回の外食もある。月に一度はブロードウェイショーを観に行くそうだ。音楽とダンスが大好きな彼女はどんなに喜ぶことだろうか。わずか7ヶ月の間に、養母、義兄、そして第3の家族とも言える我々病棟のスタッフとの別れを経験したCP。色んな思いをして生きてきた彼女だけれど、やっと自分に相応しい場所にたどりつけた。私もとても嬉しい。そして色んなことを身体を持って教えてくれたCP, 本当にありがとう。

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by sakurasikibu | 2009-02-07 00:08 | 仕事場で感じたこと