ペットの治療

今日もブログにお越しくださってありがとうございます。

ペットを飼っていらっしゃる方は病気になったときなどの治療についてどんなお考えをお持ちなのでしょうか?

私は生れ落ちたときから猫も犬もいる家庭で育ち、大学で上京するまでは動物のいない時期は一度もない動物大好き一家で人生の初期段階を過ごしました。小鳥、金魚、ウサギなど色んな動物も飼いました。動物は常に自分にとって家族の一員という感覚で育ちました。だだ子供の頃はペットと自分は対等というかどちらかというと兄弟や親友的な関係であったと思います。私もペットも私の両親に面倒を見てもらっていたわけですから。

NYに来て、アパートでもペットを飼える状況になりました。大学院時代の終わり、一年近くインターンとして子ども達と働いていた私にそのインターンを終える時期が来ました。子供達とお別れするのが当時はまだセラピストとして未熟でしたのでとても切ない気分でいました。何か変わりに世話をする存在を無意識に探し始めました。最初は犬を飼おうと思いましたが一人暮らしでお留守番をずっとさせるのはしのびないし、かと言って犬の保育園に上げるほどの経済力もないのであきらめることに。そんな頃ふと訪ねた近所のペットショップに子犬や子猫がシェルターからキャラバン隊を組んでやって来ていました。そこでジンジャーとタンタンに出会いました。実家でヒマラヤンを飼っていて私は大の長毛猫好き。二匹はどうもメインクーンの雑種らしく、長毛のとても可愛い子猫たちでした。でも兄弟の二匹を一緒でなければアダプトさせないとシェルターの人に言われ、二匹も飼えるかな、と心配になり一旦家に帰りました。そして母に国際電話をして相談すると「世話をするのは二匹も一匹も変わらないし、、二匹ならお留守番させていてもそれほど心配しなくても大丈夫じゃないかしら」というアドバイスを受け、急いでペットショップに二匹を引き取りに行きました。それからもうじき8年が経ちます。この二匹は私にとって親友でも兄弟でもなく、息子達という存在ですね。生後10週間のときから飼っていて、全ての面倒を見てきたのでそういう感覚になりましたね。

ジンジャーは何でも良く食べ健康そのもの。体重も7.5キロは軽くあります。一方タンタンは子供のときから小食で一番太っていたときでも5キロあるかないか。今では4キロない状態。好き嫌いが多くて、しかも腎臓に悪いものが好きなタンタンは食事療法も大変。手づくり食もジンジャーは大喜びしていましたがタンタンはまず食べません。カボチャは好きでスチームをかけた出来立ては食べるけれど時間が経ったら絶対に食べない。もう一度蒸し直しても駄目。手が掛ります。

そのタンタンは慢性の腎不全を患っていて、今は小康状態をかろうじて保っている感じ。腎臓の機能の悪化は何とか防いでいるけれど、腎臓が悪いので赤血球を余り作れなくなっていて慢性の貧血状態。先回の血液検査でかなり結果が思わしくなく、獣医さんにホルモン代替治療を強く薦められました。ただ高額の治療なので獣医さんもどうしても、とは言えないようでした。これまでに既に軽く車一台買えるくらいの治療費を払っていることは承知されているので、私のことを気の毒に思われたのかこちらが頼みもしないのに、可能なかぎり安価になる方法を考えてくださって。ホルモンを注射するのは本来は獣医師の方がされるようですが、皮下注射で簡単なので私がしても良いと許可を下さり(毎日している点滴と同じ要領なので)、毎週のチェックアップも獣医師ではなく、技師による鉄分の注射と採血で検査をし、獣医師が裏で監督をする、他にも特別の計らいをしてくださり、随分と治療費の削減に協力してくださいました。お陰で私でもまかなえる範囲での治療になります。一生続けるのかと最初は思ったこの治療も2ヶ月弱ホルモンを投与し、その後は様子見になります。今日第一回目をしたばかりだけれど、心なしかいつもより活発に動いているように見えます。私も貧血になるととても辛いというのは経験上知っています。タンタンの貧血が少しでも改善されて気分良く毎日を過ごしてくれると良いなと願う親心。

先日知人にこのホルモン治療の話をすると、「どこまで治療を続けるの?」と聞かれました。透析や腎臓移植は猫には不自然かなと思うけれど、このホルモン治療にはそういう感覚がないのでタンタンが楽になるならすると答えると、「自分でもうホルモンを出せなくなっているのにそれを投与するのは人工的でしょ?」とごもっともなご意見。で「お金が続かなくなったらどうするの?」と聞かれ、「どうにかして作る」と答えた私でしたが。その知人にとってはこのホルモン代替治療もとても不自然なもので、彼も猫を飼ってはいるけれど自分ならしないというような感じで話をしていました。獣医学もアメリカ、特に各専門医の揃っているNYはとても進んでいます。そんな街に住んで素晴らしい獣医師との縁があることは何てありがたいんだろうと思う反面、どこまで治療を求めて良いのか、考えてしまうこともあります。日本で難病にかかっているお子さんをそのご両親はあちこちから何とかお金を工面してアメリカに治療に来られる方がいらっしゃいますよね。お気持ち察します。わが子の為なら何でもしたい、と。でもペットだとどうなんでしょう。私にとってタンタンは息子同然。快適に毎日を過ごさせてあげたいと思うし、少しでも長く一緒に時間を過ごしたいとも思います。こういうことには良いも悪いもないとは承知しているけれど、どこかで未だ正しいことをしていたい、と思っている自分に気付きます。ただタンタンの意志に反して無理やり治療を続けて延命したいとは考えてはいませんけれどね。会話の出来ない相手ゆえ推し量ることしか出来ません。先週退院して帰ってきたタンタンは普段にも増して甘えん坊で、親バカかもしれませんが、この猫親と一緒にいるのが本当に嬉しそうで、彼もまだまだ時間を共にしていたいんじゃないかと感じています。

大切にしているペットが楽になる方法が目の前にあって経済的にも何とかなりそうなら、やはり私はそれを享受したいと思います。でも、どこかで線を引くことも大切なのでしょうかね。今はなんとも言えないなあというのが私の正直なところ。



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by sakurasikibu | 2009-04-26 22:38 |