ギリ子、カンディンスキーを観る。

今日もブログにお越しくださって本当にありがとうございます。

昨年の9月からグッゲンハイム美術館で展示されていたカンディンスキー展、今日が最終日でしたがギリ子はやっぱりギリギリに観に行ってきました。
f0085875_1353713.jpg

この展示はオープン当初は、連日、美術館の外まで長蛇の行列が出来るほどの盛況ぶりでした。NYに住んでいながら人ごみは好きではない私は落ち着いた頃に観にいこうと思っていたら、いつの間にやら終わる頃になっていました。そして、最終日の今日も大変な混雑を見せていました。

ずっと行きたいと思っていたにも関わらず、直前に疲れているから家に帰るか?とも思ったのですが、行って本当に良かったです。彼の作品については今更私が語ることもないのですが、こうして一人の画家の生涯を作品と共に回顧するのは、アートセラピストとしては堪らない面白さがあります。

私はこの仕事に就くずっと以前から、美術作品を観ると、その作品の背後にあるもの、画家のそのときの心境というものに作品そのものより興味を寄せて鑑賞する癖がありました。今回のような回顧展だと、時代と共に変わる彼の作風、そしてその背後にある彼の環境等との関係。誕生の地の文化、政治、戦争、恋愛、移転先の文化との融合など、こうした要素が彼のpsyche(精神、心、魂)にどう影響を与えていくのか、という様をハッキリと目にできるので大変面白い。

私はNYに来る前までは抽象画の鑑賞はあまり得意ではありませんでした。かつては大のイタリア美術好きで6回旅行に行ったことがあるくらい。大好きな美術館はフィレンツェにあるウフィチィ美術館でした。つまりルネッサンス美術が大好きだったという古典派だったわけです。NYで始めて取ったスタジオ・アートのクラスで好きな画家は誰だ? と聞かれたときに「ラファエロ」と答えて、クラスメートに「はぁぁ???」という顔をされたことは忘れられません(他のクラスメートはみな近代・現代美術の画家の名を上げていたのです)。そんな古典好きの私もNYのアートシーンの影響を受けて、抽象画を観ることに慣れ、今では古典よりずっと面白いな、と思うようになりました。

古典はどうしてもパトロンの影響を受けているけれども、近代・現代美術は画家の個性がずっと濃く出ています。そうして抽象画は画家の心象をより鮮明に表しているのだろうと思います。人間のpsyche(精神、心、魂)といものは言葉になる以前のもの、そして具体的な形となって表せないものだと思うのです。そういった目に見えないものを目に見える世界に投影するとき、抽象画はより忠実に画家の心象を表すのだろうと思うのです。見る側としては、想像力をより搔き立てられるので、面白い!と思うわけです。

カンディンスキーのこの回顧展、私は彼がパリで描いた晩年の作品郡が一番良かったかな。色使いが優しいし、絵の中のエレメントも過去のものが統合されていて、円熟を感じさせてくれ、観ていると、なんとも言えない穏やかな優しい気分になりました。

しかし、美術鑑賞というのは多分右脳でするのでしょうね。いつもより右脳を連続的に活発に使うので、どうもそのあと疲労してしまいます。美術館のあちらこちらにある椅子にお世話になりました。


美術館を出た後は5番街を挟んでお向かえにあるセントラル・パークを散策しました。
f0085875_13442960.jpg

f0085875_13451393.jpg


一画家の作品郡を「まだあるのか?」と思うほど贅沢な鑑賞をしたあとに、冬の凍てついた公園の池を見て、四季を存分に味わえるこのNYという街に住むことが出来て、本当になんと幸運なのだろうか、と思いました。
素晴らしいアートが身近にあるこの環境に居られる幸せに感謝いたします。



ブログランキング・にほんブログ村へ
ランキングに参加しています。ポチッとよろしく。
[PR]

by sakurasikibu | 2010-01-13 22:56 | 文化活動