ユング『赤の書』を学ぶ 4

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アイリシュの祭日、St. Patrick's Dayの今日は街中に緑色の派手な格好をした人が沢山いました。私はうっかりこの日を明日だと勘違いしていたのですが、朝慌てて身支度をしたら、たまたま緑の服を着て、なんだか申し合わせたみたいで、ちょっとこっ恥ずかしい気分になりました。

さて、今晩もユングのクラスを取ってきました。どうしてだか、時間を少し勘違いしていて、10分ほど遅れてクラスに辿り着きました。既にクラスは活発な意見が飛び交っていて、遅れていった私にはさっぱり何を話しているのかしばらく検討が付きません。残念な遅刻でしたね。
その後、クラスの事態を把握しましたが、まるで映画のように最初の取っ掛かりを見損ねる・聞き損ねると、その後の展開がどうも今ひとつクリアになっていない感もありましたが、ま、仕方ありませんな。

今日は"Spirit of the time"と"Spirit of the depth"の違いについて、いろいろ話をしました。”Spirit of the time"というのは、時間軸に存在し、いわばその時代における一般常識、科学、理屈などのことを指し、人間のエゴはこれに支配されている、と。一方、”Spirit of the depth"というのは、自分個人ではコントロールの及ばないある力に依って、物を書かされたり、絵を描いたり、話をしてみたり、何か大きな力に動かされている状態、あるいはその力そのもの。そして、Divine(神)と繋がるもの。

ユングに取って、このSpirit of the depthは自分の魂へと導くものでした。けれど、ユングは自分の魂に対して、当初信頼を置いていなかったので、このSpiritとの交信は彼にとってとても恐ろしいものでもあったんですね。今の時代なら、自分の魂と繋がる方法を説く本やらワークショップなど巷に溢れかえっているけれど、彼の時代にはそういったものは特別な環境(宗教関係、シャーマン系など)以外では用意されていなかっただろうから、全くの孤独な環境の中、彼は魂にと向かっていったんでしょうねえ。

ユングはSpirit of the timeのことをMeanigless(意味のないもの)と言っています。なぜなら、一般常識などは個人の目を通して現実だと思い込んでいるけれど、実際のところ幻想でしかない、と彼は見切っているのですよね。そんなものは本当は存在しない、と。

まあ、こんな辺りでクラスは今日終わりましたが、クラスの議論はますます活発になりました。この先生は心理学者なんだけれど、さすがユング派だけあって、かなり精神世界系の話も通じるのですねえ。こういう人と同じ環境で働いたら、どんなに面白いだろうか、と思いました。

私の現在の職場環境ではソウルの話なんてありえないですからね。どれだけ投薬が患者さんに効いているのか!がメインになっていますから。Mindの存在は信じられても、Soulの存在を口にする人はまあいません。でもSoulのない人間なんていやしないのになあ、と思うと、この投薬に偏った治療方法は改善されていくべきだろうなあ、とつくづく思いました。

そして帰り道に、ふととどのつまりエゴって何なんだ?と疑問に思いました。ソウルが我々の真の姿なのだとしたら、エゴって何者よ?と。エゴの役割については、一応理解しているつもりですが、一体どこからやって来ているんだろうか、とも。我々の集合的無意識がエゴの元方なんだろうけれど、それが個々のSoul(魂)の成長を促すために、その個々に合わせてエゴはオーダーメイドされて出来ているのか?と一人で考えていたら、頭の中がウニウニしてきたので、放棄しました。もとは同じなのに、あなたと私のエゴは違います。でも、そんなことを言ったら、もとはみんなLightであるけれど、Soulの段階になると個性がでるのか、とか・・・。明日、オーリーとでも話して見ようと思いました。とこんな風で、このクラスは何かと考えさせられるので、面白いですね。


NYはめっきり春めいて来ました。日本も春色しているんでしょうかねえ?




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by sakurasikibu | 2010-03-17 22:23 | つれづれ